東京地方裁判所 平成8年(ワ)21209号 判決 1998年9月24日
原告
大和寛
右訴訟代理人弁護士
石塚文彦
同
森谷和馬
同
大森勇一
被告
小林吉彦
外二名
右三名訴訟代理人弁護士
鳥飼重和
同
多田郁夫
同
森山満
同
舟木亮一
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、株式会社ニッポン放送に対し、連帯して、金一四一億六八四万円及びこれに対する被告小林吉彦については平成八年一一月二三日以降、被告川内通康については同月二六日以降、被告羽佐間重彰については同月二三日以降各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事実関係
一 事案の概要
原告は、株式会社ニッポン放送(以下「ニッポン放送」という。)の株主であり、被告らは同社の取締役である。
本件は、原告が、被告らに対し、ニッポン放送に損害を賠償するよう求めている株主代表訴訟である。原告の主張の要旨は、ニッポン放送が株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」という。)の株式を51.1パーセント保有していたのに、フジテレビの株券の上場の過程で、ニッポン放送の持株比率が五〇パーセントを下回ったことについて、これを容認した被告らには取締役としての善管注意義務等の懈怠があり、これによってニッポン放送に損害が発生したというものである。
二 前提となる事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠により認められる。)
1 原告は、提訴請求日の六か月前から引き続きニッポン放送の株式を所有する株主である。
被告小林吉彦(以下「被告小林」という。)は、平成五年六月ニッポン放送の代表取締役に就任し、平成九年六月までその地位にあった。また、同被告は、平成四年七月株式会社フジサンケイグループ本社(以下「グループ本社」という。)の代表取締役に就任し、平成七年七月までその地位にあり、平成五年六月以降フジテレビの取締役の地位にある。
被告川内通康(以下「被告川内」という。)は、平成三年六月ニッポン放送の代表取締役に就任し、平成五年六月及び平成七年六月重任した。また、同被告は、平成五年以前から平成七年七月までグループ本社の取締役の地位にあり、平成五年以前からフジテレビの取締役の地位にある。
被告羽佐間重彰(以下「被告羽佐間」という。)は、昭和六三年六月ニッポン放送の代表取締役に就任し、平成四年六月に退任した後も取締役の地位にあった。また、同被告は、平成五年以前から平成七年七月までグループ本社の取締役の地位にあり、平成五年六月以降フジテレビ取締役の地位にある。
(乙三、乙二八の一から三、乙二九の一から三、乙三七から三九)
2 ニッポン放送は、放送法による一般放送事業等を目的とする株式会社であり、フジテレビや株式会社産業経済新聞社(以下「産経新聞社」という。)を傘下に擁するいわゆるフジサンケイグループの中核的存在である。同社は、平成六年一二月当時フジテレビの発行済株式数四万五六〇〇株のうち二万三二八〇株(持株比率51.1パーセント)を保有していた。
フジテレビは、放送法に基づくテレビジョンその他の一般放送事業等を目的とする会社であるが、昭和三二年に、割当可能な電波数が限られていた地上波テレビジョン放送を共同事業として行うために、ニッポン放送、文化放送及び映画会社三社の出資によって設立された。なお、同社は、平成六年一二月当時、定款に株式の譲渡制限の規定を設けていた。
グループ本社は、フジテレビから同社の本社がある新宿区河田町の土地(以下「河田町不動産」という。)を現物出資されたほか、フジサンケイグループの基幹各社から不動産の現物出資を受け、昭和六〇年七月に土地建物の管理、賃貸及び売買、金銭の貸付け等を目的とし、資本金三二億三〇〇〇万円で設立された会社である。同社は、フジサンケイグループ各社の事業資金を賄い、出資された不動産を担保に金融機関から融資を受け、その資金をフジサンケイグループ各社に貸し付けたり、同グループ各社に対する不動産賃貸、動産リース等の業務を行っていた。同社は、平成七年七月三日、フジテレビに吸収合併された。
3 ところで、フジサンケイグループは、グループ会社の拠点として新社屋を建設することを企画し、東京都臨海部一三号埋立地に建設することが予定された。当初、グループ本社が右企画を実行していたが、その後、フジテレビが主体となって新社屋の建設を行うこととなった。フジテレビにおいては、その資金の調達について検討し、平成六年末ころにはその資金を同社の株券の上場によって賄うこととした。
4 そこで、フジテレビは、当時四万五六〇〇株を発行していたところ、平成六年一二月二七日、取締役会において、①額面普通株式五五〇〇株の新株を一株二六五万円の発行価額で銀行等一四社に合計四四〇〇株、社員持株会及び取締役にあわせて一一〇〇株をそれぞれ割り当てる第三者割当により発行する件のほか、②グループ本社が第三者割当増資を行うことの承認の件、③グループ本社を吸収合併する件及び④これらの件を臨時株主総会に付議する件の議案を承認可決した。
翌七年一月一二日、フジテレビの臨時株主総会は、右の第三者割当による新株発行及びグループ本社を吸収合併する合併契約書案について、全株主の賛成により、取締役会の原案どおり承認可決した。
右決議に基づき、同年三月一〇日、フジテレビにおいて第三者割当による新株発行(以下「一回目の増資」という。)が行われ、発行済株式数は五万一一〇〇株となった。
被告らは、フジテレビ取締役として右取締役会に出席し、特別利害関係のある③を除く右議案に賛成するとともに、被告川内は、右臨時株主総会においてニッポン放送の議決権を行使し、右議案に賛成した。(乙六の一、乙八の一、被告川内)
5 グループ本社は、前記のフジテレビの取締役会が開かれた平成六年一二月二七日、その取締役会において、①額面普通株式一万六三三三株の新株を一株三四万二三〇〇円の発行価額でニッポン放送以外のフジテレビの株主ら八社に割り当てる第三者割当により発行する件、②フジテレビの合併契約書承認の件及び③これらの件を臨時株主総会に付議する件の議案を承認可決した。
翌七年一月一二日、グループ本社の臨時株主総会は、第三者割当による新株発行について、全株主の賛成により、取締役会の原案どおり承認可決した。
右決議に基づき、同年三月二五日、グループ本社において第三者割当による新株発行が行われ、同年七月三日フジテレビに吸収合併されて解散した。
右の合併に伴い、グループ本社の株主に対してフジテレビの新株が交付された。フジテレビの発行済株式数は五万五七八六株、ニッポン放送のフジテレビの持株数は二万五四七三株となった。
被告らは、グループ本社取締役として右取締役会に出席し、被告小林は、議長として右提案を行い、被告らは特別利害関係のある②を除く右議案に賛成するとともに、右臨時株主総会において、被告小林は、議長として右提案を行い、被告川内は、ニッポン放送の議決権を行使して、右議案に賛成した。(乙三、乙七の三、乙九)
6 フジテレビは、平成七年一二月二一日、取締役会において、額面普通株式二五〇〇株の新株を一株三九七万円の発行価額で金融機関二四社、ネット系列局、取引先等四八社に割り当てる第三者割当により発行することを臨時株主総会に付議する旨の議案を、出席した取締役二五名の全員一致により承認可決した。
翌八年一月二五日、フジテレビの臨時株主総会は、右の第三者割当による新株発行について、全株主の賛成により、取締役会の原案どおり承認可決した。
右決議に基づき、同年三月一日、フジテレビにおいて第三者割当による新株発行(以下「二回目の増資」という。)が行われ、フジテレビの発行済株式数は五万八二八六株となった。
被告らは、フジテレビの取締役として右取締役会に出席し、右議案に賛成するとともに、右臨時株主総会において、ニッポン放送の議決権を行使し、右議案に賛成した。(乙六の二、乙八の二、被告川内)
7 フジテレビは、平成九年八月、東京証券取引所(以下「東証」という。)に株券を上場した。
なお、新社屋は、平成八年六月に竣工し、平成九年三月から新社屋における業務が開始した。
8 フジテレビにおける株主の持株比率は、平成六年一二月の時点で、ニッポン放送が51.1パーセント、文化放送グループが31.8パーセントであったが、平成七年三月の一回目の増資後の時点で、ニッポン放送が45.6パーセント、文化放送グループが28.4パーセント、平成七年七月のグループ本社合併後の時点で、ニッポン放送が45.7パーセント、文化放送グループが28.5パーセントとなり、平成八年四月の二回目の増資後には、ニッポン放送が43.7パーセント、文化放送グループが27.3パーセントとなった。(甲四三、甲六五)
三 本件における主要な争点及び当事者の主張
本件における主要な争点は、被告らが、フジテレビの株券の上場の過程で、ニッポン放送が有するフジテレビ株の持株比率が過半数を下回ることを容認したことが、取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違背するか否かである。
1 争点に関する原告の主張
被告らは、ニッポン放送の取締役として、フジテレビが株券の上場を行うに当たり、ニッポン放送のフジテレビに対する過半数株主の地位を維持すべき義務があり、かつ、右地位を維持する方法があったにもかかわらず、自己の利益を図る目的などから、フジテレビの取締役会において第三者割当増資に賛成するなどして、ニッポン放送の右地位を喪失させたもので、被告らの右行為は、取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違背する。
(一) 過半数株主としての地位を維持すべき義務
株式会社において、他の会社の親会社としての地位を占めることは、支配株主として、子会社に対し、株主総会を通じて役員人事を決定し、間接的に子会社の経営を統制し、もって有機的な連携を保ちながら効率的な経営を遂行し、企業グループの全体的利益のみならず親会社の利益にも資するから、有益であり、一方、このような地位を放棄することは、特段の理由がない限り親会社の地位にある会社の利益に反する。したがって、親会社の取締役には、親会社の地位を維持し、これを失うことのないよう必要な措置を講ずべき義務がある。
ニッポン放送にとって、フジテレビの過半数株主の地位を維持し、その経営方針を統制する利益は極めて大きい。なぜならば、ニッポン放送は、フジテレビを傘下に持つことを基礎として存立し、その営業活動においてもフジテレビから大きく寄与されているのであり、ニッポン放送にとって、フジテレビが現代における電波メディアの主流として社会的影響も大きいテレビ放送事業を目的とし、成長産業としてニッポン放送を遥かに超える営業収益・経常利益を上げている優良企業であることからすると、フジテレビを傘下に収める利益は極めて大きく、一方、衛星を利用した新しい放送サービスの登場により従来の音声メディアと映像メディアの垣根が失われることに伴い、これを利用するデジタル音楽放送等の同社の事業が音声メディアとしてのニッポン放送の事業内容と直接に競合する可能性が生じるおそれもあることから、フジテレビを傘下から放つことによって被る不利益も大きいからである。
(二) 被告らの義務違背行為
(1) 被告らは、フジテレビによる第三者割当増資によってニッポン放送がフジテレビにおいて有していた過半数株主としての地位を失い、グループ本社による第三者割当増資によってニッポン放送のフジテレビに対する持株比率が低下することが明らかであったから、第三者割当増資に係る議案に対して、各取締役会決議及び株主総会決議において反対し、商法二八〇条ノ五ノ二の規定による株主割当を主張し、フジテレビに対するニッポン放送の親会社としての地位を守るべきであった。
(2) しかるに、被告らは、他に資金調達の方法があるのに、これを検討し、又は必要な情報の収集をせずに、自らの利益を図り、又はフジテレビの利益に迎合し、これらの議案に賛成し、あるいは議長としてこれらの議案を取締役会又は株主総会に上程するなどして各議案の成立を容認した。すなわち、
ア 被告らは、新社屋建設費用の予定額が一九〇〇億円であることを前提として、フジテレビの株券の上場の相当性について専門家に意見を求めているが、右費用額には根拠がなく、これを賄う資金調達方法として株券の上場が相当である旨の意見及び結論を導き出すための口実にすぎない。
イ 被告らは、個人的利益を図るため、自らフジテレビによる第三者割当を受けることを知りながら、これを秘匿してニッポン放送にとって不利益な議案に賛成票を投じ、もって一回目の増資において二〇株の新株の割当を受け、これによって一回目の増資の発行価額二六五万円と二回目の増資の発行価額三九七万円の差額分約二六〇〇万円の利益を得た。
ウ フジテレビは、かねてからニッポン放送による支配からの脱却を企図していたところ、平成四年七月に、フジサンケイグループの議長でありニッポン放送の主要な株主でもある鹿内宏明が、産経新聞社の代表取締役を解任され、その他の各社の代表取締役も退任して同グループの体制が刷新されるや、その機に乗じて右脱却を実現しようと意図し、平成五年一一月、新たに設置された同グループの意思決定機関で各社の代表者から成る水曜会において、新社屋について、当初グループ本社が資金を調達して建設することが予定されていたのに、右方針を変更し、フジテレビが自ら資金調達を賄って建設することとし、その資金調達の方法としてフジテレビの株券を上場することが決定された。これによって、フジテレビは、株券の上場を行う名目を作り、株券の上場を通じてニッポン放送のフジテレビに対する持株比率を低下させることを正当化しようとしたものである。
被告らは、フジテレビの取締役の地位にもあったため右の意図を十分に認識していながら、フジテレビの利益に迎合し、ニッポン放送の株主に不利益な行動をとった。
(三) ニッポン放送は、フジテレビに対する過半数株主の地位を維持しつつ、新社屋の建設のための資金需要に対応することが可能であった。
(1) 被告らは、新社屋建設費用として一九〇〇億円が必要であると主張するが、右金額は、そのうち放送設備・作成設備の計上額五五七億円が支出されていないことからも明らかなように極めて疑わしいものであり、実際に増資により調達することが予定されていた資金は、最大限としても、二回の第三者割当増資による二四五億七五〇〇万円に上場時の公募による調達目標額五〇〇億円を加えた七四五億七五〇〇万円であった。したがって、ニッポン放送が過半数株主の地位を維持するために必要な資金は、七四五億七五〇〇万円に二回目の新株発行時点における株主割合である52.6パーセントを乗じた三九二億二二六〇万円余であった。
(2) ニッポン放送の財務体質は、平成七年三月末において流動資産合計額が二二一億円余、流動負債合計額が九七億円、平成八年三月末において流動資産合計額が一九四億円余、流動負債合計額は七六億円余に止まるなど極めて良好であったから、内部留保から出資を行うことが可能であった。
その上、ニッポン放送は、平成六年三月、新株二〇万株を一株一万七〇〇〇円(配当還元方式による価額)の発行価額で発行済み株式の二割に当たる株主らに割り当てる第三者割当により発行したが、残りの株主に同様の条件で割り当てて八〇万株の新株発行を行えば一三六億円の調達が可能であった。また、ニッポン放送は、平成八年一二月一日の上場時に一株三七五〇円の発行価額で公募により二〇万株の新株の発行をしたが、右八〇万株の発行を行ったとすれば、一六〇万株の新株を公募により発行することが可能であったから、その発行を行うことにより六〇億円の調達が可能であった。
さらに、ニッポン放送の株券の上場後は、時価発行により、随時必要な資金の調達が可能となった上、その間銀行からの低利の借入れ等の方法で賄うこともできた。
(3) 以上のとおり、ニッポン放送にとっては、フジテレビの過半数株主の地位を維持するに必要な資金を調達する手段があり、フジテレビ及びグループ本社が行った第三者割当の方法による増資が株主割当の方法によって行われたとしても、その払込資金の調達は十分に可能であった。
(4) フジテレビの株券を上場することが必要であったとしても、ニッポン放送の持株比率を低下させることなく、実質的に維持したままで上場を果たすことが可能である。
東証の上場審査基準においては、上場する場合、大株主らの少数特定者持株数を七五パーセント以下にする見込みのあることが必要ではあるが、ニッポン放送の株式を同会社の子会社等に譲渡する方法によって過半数株主の地位を実質的に維持することができるからである。
(四) 損害額
フジテレビ及びグループ本社における新株の発行に際して新株の引受権を行使するとした場合、ニッポン放送は、一回目の増資に際して発行済株式数の51.1パーセントに相当する二八〇八株の新株、グループ本社の増資に際してフジテレビの六一七株に相当する新株、さらに二回目の増資に際してグループ本社合併後の持株比率53.1パーセントに相当する一三二七株の新株をそれぞれ取得できたはずである。
したがって、ニッポン放送は、被告らの前記義務の違背によって、一回目の増資に際し割り当てられるべき二八〇八株とグループ本社増資分の六一七株の合計三四二五株にその発行価額二六五万円から額面五万円を差し引いた金額を乗じた金額八九億五〇〇万円とフジテレビの二回目の増資の際に割り当てられるべき一三二七株にその発行価額三九七万円から額面金額五万円を差し引いた金額を乗じた額五二億一八四万円を合計した一四一億六八四万円の損害を被った。
2 争点に関する被告らの主張
被告らは、フジテレビの一九〇〇億円の資金需要を賄う方法として、ニッポン放送及びフジテレビの両社にとって最良の経営判断をしたものであり、もとより善管注意義務及び忠実義務に違背するところはない。
(一) 企業グループにおいて、支配株式を保有するか否かは高度に経営的、政策的な判断事項であって、親会社の取締役に、子会社に対する親会社の地位を維持しなければならない一般的義務はない。
ニッポン放送のみならずフジサンケイグループにとって、フジテレビは重要な企業としてグループから離脱させずに資金需要を満たし、もってグループ全体の繁栄を図ることが相当であり、その方策として、本件の増資等の資本政策が遂行されたものである。また、ニッポン放送とフジテレビの事業が競合することはなく、むしろマルチメディア時代において両事業は相互に補完し合うものであるから、ニッポン放送がフジテレビの事業により不利益を被ることはあり得ない。
(二) 被告らがフジテレビ及びグループ本社における各第三者割当増資に賛成した経緯及び理由は、次のとおりであり、被告らにニッポン放送の取締役としての義務に違背するところはない。
(1) フジテレビは、マルチメディア時代に対応するためにフジサンケイグループの経営の本拠地として新社屋を建設する計画を進めていたところ、平成六年一二月当時、新社屋建設のために約一九〇〇億円の資金が必要であると見込まれた。新社屋の建設資金は、当初、河田町不動産等の売却により調達することが予定されていたが、不動産価額の下落によりその評価額が二一七億円となったため、右売却の方法によって資金を賄うことが困難な状況となった。そこで、フジテレビは、建設資金の調達方法として、フジテレビの株券を上場して資本市場から調達する方法を採用した。
(2) ニッポン放送は、フジテレビによる新社屋の建設のための資金調達の方法について、借入れによる方法、株主割当増資による方法及び株券を上場する方法を検討した結果、株券を上場する方法が、ニッポン放送のフジテレビの支配株主としての地位を維持しつつ、フジテレビの資金需要を満足させることができるとともに、フジテレビの健全な経営を維持し、あわせて上場によりニッポン放送が所有するフジテレビ株式の価値の上昇も期待することができ、ニッポン放送にとっても、最も有利な方法であると判断した。
(3) フジテレビ及びグループ本社の第三者割当増資等の手続は、フジテレビの株券の上場のために必要であった。
フジテレビが第三者割当増資をした理由は、新社屋の建設が、すでに着工され資金需要も発生していたにもかかわらず、フジテレビの株券の上場が平成九年以降になる見通しであり、しかも東証の株券上場審査基準によれば、少数特定者持株比率を上場時に八〇パーセント、上場一年後に七〇パーセントに低下させる必要があったため、既存株主以外の金融機関など引受け可能な第三者に割り当てることが相当であるからである。
フジテレビがグループ本社を吸収合併した理由は、フジテレビがグループ本社の発行済株式総数の約六二パーセントを有していたことから、東証の株券上場審査基準により同社が資本的関係会社として審査されることが予測されたために、新社屋の建設に伴う資金の借入等により経営状態が悪化することが確実な状態であった同社の財政状態を安定させる必要があったためである。
さらに、グループ本社が合併に先立ち第三者割当増資をした理由は、グループ本社の株主構成からすると、現状のまま合併した場合にニッポン放送の持株比率が上昇することが予想され、文化放送等他の既存株主が応じる可能性はなかったために、合併後もフジテレビの株主間の持株比率が変動しないように調整するためである。
(4) ニッポン放送は、フジテレビの株券の上場後も同社の株式の34.1パーセントを保有しており、フジテレビに対する支配価値を喪失していない。
(三)(1) 新社屋の建設に現実に必要と予測されていた資金額は、一九〇〇億円であり、この額は、名目上のものではない。
ニッポン放送においては、本件の経営判断に当たって、法律面に関し法律の専門家である弁護士から意見書を、株式の評価、合併比率などに関し会計の専門家である監査法人から報告書を、河田町不動産の評価については不動産鑑定士の鑑定書をそれぞれ徴し、また、フジテレビにおいては、グループ本社との合併の要否について、山一證券株式会社からの意見書を取得し、さらに、文化放送グループ系の株主との調整も行った。
したがって、被告らは、十分な情報を得た上で、十分な検討を加えて本件経営判断をしたものであり、その判断過程に著しい不合理とか、前提となった事実の認識に重大かつ不注意な誤りなどはなかった。
(2) 被告らがフジテレビの株式の割当を受けたのは、経営陣の経営責任を明らかにする目的であり、利得を目的としたものではない。
一回目の増資に際しては、従業員と被告らを含むフジテレビの取締役全員が株式の割当を受けたものであり、従業員に株式を割り当てながら、役員がこれを引き受けないことはできない。上場する会社が、取引先のほかに役員や従業員に株式を割り当てることは、迅速かつ確実な方法で、しかも上場に向けた業績の向上の動機付けにもなり合理的であり、フジテレビのみならずニッポン放送の利益にもなる。
(3) フジテレビは、ニッポン放送の持株率の低下を目的として、新社屋の建設の主体となり株券の上場を行ったものではない。
なお、水曜会は、フジサンケイグループ全体の問題につき、事実上各社の社長が集まって意見交換する場として設けられたもので、意思決定をする機関ではなく、フジテレビの資金調達の方法に関し何らの決定もしておらず、本件経営判断とは無関係である。
(四) フジテレビによる新社屋の建設の資金を賄うためには、本件の増資によるほか有効な方法はありえない。
借入れによる方法は、金利負担が年間九六億円余になると予測され、これに加えて新社屋とその機械設備の減価償却費も年間一〇〇億円に及ぶと予測される一方、平成六年三月期のフジテレビの経常利益が一〇三億円程度であったため、借入れを行った場合にも、フジテレビは大幅な経常赤字に陥ることが必至であり、金利が上昇すれば資金繰りに窮する事態すら想定されたため、右方法は採り得ない。
また、株主割当増資により調達する方法については、ニッポン放送が過半数の持株比率を維持したまま増資しようとすれば、一九〇〇億円の五一パーセントを出資しなければならないが、ニッポン放送に約九五〇億円の資金調達をする能力はない。他の株主にとっても増資に必要な多額の資金を調達する能力はなく、その同意が得られるはずがない。その上、額面による新株発行の期待があり、資金需要を充足できない。
(五) 被告らによる本件経営判断は、ニッポン放送に多大の利益をもたらしたもので、同社には何ら損害は発生していない。
第三 当裁判所の判断
一 フジテレビの株券の上場に至る経緯、ニッポン放送における被告らの対応等について検討する。
証拠(甲二、四、一三、一四、一七、二四、三五、五四、五五、六二から六五、七〇、七四、乙五の一、二、七の一、一一から二三、二五、二六、三四、三五、三七から四〇、四四から五五、被告川内、被告小林)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 フジサンケイグループは、ラジオ、テレビ、新聞の三媒体を中心として約一〇〇社から成り、強力なメディア集団を形成するために結束し、それぞれの株式の割合にかかわらず、友好関係を促進する関係にある。フジサンケイグループにおいては、グループ各社を横断して数十に及ぶ委員会が設置され、意見交換をする必要がある事項について、関係するグループ会社から委員を出して意見交換を行い、意思の疎通を図っている。
2 フジサンケイグループは、昭和五七年一二月「グループの明日を描く長期計画委員会」を発足させ、昭和五九年二月、被告らを含むグループの代表者で構成される代表者会議によって「長期計画」が決定された。その長期計画によって放送センターとしてグループの本拠としての新社屋を建設するとともに、長期計画の推進のためにグループ全体の設備投資資金を長期的に賄える会社の設立が提言された。なお、長期計画においては、放送センターの建設費用として、土地購入費一五〇億円、建築費六六二億円及び放送設備費一一〇億円合計九二二億円(土地の基礎造成費を除く。)が見込まれていた。
そこで、翌六〇年七月一二日グループ本社(当時の商号は、シーエックスエステート)が設立され、昭和六一年一一月、新社屋の建設等を検討するために被告小林を委員長とする小林委員会が発足した。一方、グループ本社は、新社屋を東京都臨海副都心部に建設することを予定し、平成二年一一月九日東京都より臨海副都心進出の公募の当選通知を受け、同月一四日取締役会において臨海副都心部一三号埋立地に建設することを決定した。グループ本社は、平成四年三月三一日、東京都と右土地について賃貸借契約を締結するための基本協定を交わし、同年八月二七日、株式会社丹下健三・都市・建築設計研究所と新社屋建設工事の設計監理について報酬を三五億円とする委託契約を締結し、翌五年三月一七日、東京都と右土地について権利金を二二四億八一一九万七三二一円と定めて賃貸借契約を締結し、同年九月九日、鹿島建設株式会社と新社屋の建設工事について請負代金を一〇八九億円とする請負契約を締結した。その間、グループ本社は、平成五年一月二〇日、取締役会において、「臨海副都心進出にかかる資金調達の件」につき諮り、承認可決されたが、その際、資金需要が最高一五〇〇億円に上る旨の説明がされた。
3 フジサンケイグループにおいては、その議長であった鹿内宏明が、平成四年七月に産経新聞社の代表取締役を解任され、フジテレビやニッポン放送などのグループ各社の代表取締役を辞任して経営体制が変更されたことに伴い、グループ基幹三社の社長及び財団法人彫刻の森美術館館長がグループ全体の問題につき意見や情報の交換を行う場として水曜会が設けられた。さらに、同年九月ころには、文化庁の指摘を受けて財団法人彫刻の森美術館がグループ本社に出資していることについて検討するため、その問題がグループ本社の資本政策と資金調達に関わるとの理由で、前記の小林委員会の下にフジサンケイマネジメント専務取締役木下信親を委員長とし、グループ本社の株主の会社の経理担当者を中心とする木下小委員会が設置された。
木下小委員会では、グループ本社の専務取締役でグループの事務局長を務める松本延昌の指示により、ニッポン放送のフジテレビに対する持株比率の適否についても併せて検討が行われた。木下委員長は、同年一二月上旬、被告小林に対し、右の持株比率の問題に関する審議状況を報告したが、同被告からはこれを取り上げることに消極的な考えであることが示された。同小委員会は、平成五年四月、ニッポン放送のフジテレビに対する持株比率の問題について、各社の意見が一致しなかったとした上、ニッポン放送の持株比率を下げる方法を提示するにとどまり、株式公開を図るトップマネジメント間で合意を得る必要があると記載した報告書を提出した。同年五月一一日に開催された水曜会において、木下小委員会の報告が話題となったが、被告小林は、フジテレビの株券の上場の問題は、ニッポン放送の持株比率の低下の観点ではなく、公開の必要性の観点から検討すべきであるとの意見を述べた。その後、同年一一月ころから一二月ころにかけて、水曜会において、フジテレビの株式の上場やフジテレビとグループ本社との合併について意見が交わされたことがあった。
4 ところで、新社屋の建設の資金は、グループ本社において、銀行からの借入金によるほかフジテレビから現物出資を受けた河田町不動産等の不動産の売却により一〇〇〇億円以上の資金調達が可能であると見込まれていた。しかし、いわゆるバブル経済の崩壊後の地価下落等により、当初予定していた不動産の売却による資金調達の計画の見直しを余儀なくされた。
フジテレビにおいても、平成五年の初めころから、独自に右の売却に代わる資金調達の方法の検討を始めることとし、関係各社の意向を確認したり、第三者割当増資について山一證券株式会社に意見を求めるなどした。
右の意向を受けて、文化放送の代表取締役は、同年一二月一四日、「(株)フジテレビジョン資本政策案」と題する書面でニッポン放送を除く株主に割り当てることを内容とするグループ本社の増資、フジテレビとグループ本社は、合併比率を一対0.4として合併すること、フジテレビの増資に当たっては、フジテレビの四大株主の同意を得て進めることなどを申し入れた。また、そのころ、文化放送は、フジテレビが上場し、一般公募して資金調達を行うまでは、フジテレビにおけるニッポン放送と文化放送との持株比率を維持することを申し入れた。これに対し、フジテレビの代表取締役は、同年一二月二二日、フジテレビの株式上場の理由、第三者増資の必要性、グループ本社との合併の理由と意義について述べた上、グループ本社の増資の提案については株主五社の合意の下に進められるべきものであるとして、文化放送の申入れは了解しかねる旨の返答をした。
5 フジテレビは、平成五年末の時点で、新社屋の建設資金として、一〇〇〇億円の調達目標を掲げていたが、漸次増加し、翌六年には既に支出された費用分を含めて一九〇〇億円以上が必要であると予測していた。このうち八七〇億円余については、グループ本社が既に銀行からの借入れによって調達していたが、フジテレビは、右借入れにつき保証をしていた。フジテレビとしては、新社屋の建設が進捗するにつれ、その資金の調達が逼迫してきたので、いよいよ資金の調達の検討を迫られた。
そこで、フジテレビは、平成六年七月に、ニッポン放送に対し、資金調達案として、フジテレビが平成九年を目処に株券の上場を行うこと、その準備として第三者割当増資することについて打診をするとともに、山一證券株式会社に株券の上場について指導を受けた。フジテレビは、山一證券株式会社から、同年一二月一二日付け書面で、上場に際してフジテレビがグループ本社と合併するのが最も合理的であること、その理由として、グループ本社を残した場合に上場会社が子会社に物(不動産)及び金(借入金)を依存していることやグループ本社による新社屋の建設のための資金を調達するために上場することの合理的説明を必要とすることなどを指摘する報告書を受領した。また、グループ本社においても、財団法人日本不動産研究所に対し、河田町不動産等の鑑定を依頼し、平成六年一二月二〇日付けで不動産鑑定評価書(鑑定評価額約二一八億円)を得た。
そのころまでに、フジサンケイグループ内では、グループ本社に代わってフジテレビが主体となって新社屋の建設を行うことが概ね了解された。
6 一方、ニッポン放送においては、フジテレビの株券の上場について、管理部担当の天井邦夫専務取締役が担当となり、各種調査を行い、同年一〇月ころからは同社の顧問弁護士である中村直人に助言を仰ぎ、監査法人の意見を求めたほか、同年一二月ころ、フジテレビから山一證券株式会社の作成に係る前記報告書を、グループ本社からは前記鑑定書を入手するなどして、常務会、担当役員連絡会の場において、フジテレビの資金調達方法につき、銀行借入れによる方法、上場せず増資によって調達する方法、上場の上資本市場から調達する方法について検討し、さらに、株券上場、第三者割当増資により持株比率が過半数を下回ることの可否などについて検討した。その際、フジテレビの資金需要が一九〇〇億円であることが確認された上、借入れや上場によらない増資の方法が不可能であることで一致した。監査法人及び弁護士の意見は、以下のとおりである。なお、ニッポン放送の平成五年四月一日から平成六年三月三一日までの間の売上高は三九五億円、経常利益は二四億円であり、同時期のフジテレビの売上高は二五七五億円、経常利益一〇三億円であった。
(一) センチュリー監査法人から平成六年一一月四日に提出された鑑定結果の報告書は、鑑定評価基準日を同年八月三一日として、①グループ本社が行う第三者割当増資の発行価額は、時価純資産価額法により三五万八七〇〇円、②フジテレビがグループ本社を吸収合併するときの合併比率は、両社の株価を時価純資産価額法により評価する方法により、フジテレビ一に対しグループ本社0.134とすべきであるという。
(二) 弁護士中村直人及び同古曳正夫から平成六年一二月二〇日に提出された意見書は、①平成七年三月にフジテレビが第三者割当増資(発行株式数五五〇〇株、発行価額二六五万円、割当先金融機関、役員、従業員持株会)を行うこと、②平成七年三月にグループ本社が第三者割当増資(発行株式数一万六三三三株、発行価額三四万二三〇〇円、割当先ニッポン放送を除く文化放送グループら既存株主)を行うこと、③平成七年四月にフジテレビがグループ本社を吸収合併すること、④平成八年七月にニッポン放送が東証に上場申請すること、⑤平成九年七月にフジテレビが東証に上場申請することについて、ニッポン放送又はその取締役に法令に違反する点はないという。
7 右検討の結果、被告らを含むニッポン放送の取締役は、同社がフジテレビに対し過半数の株主の地位を維持することが望ましいと考えるものの、新社屋の建設工事がすでに相当程度進捗し、そのための資金調達が切迫している状況の下でフジテレビの資金調達に協力することもやむをえないこととした上で、本社ビル建て直し等自社における資金需要の事情を考慮に入れつつ、フジテレビを通じて文化放送とも意見を調整した上、以下の判断に基づき、フジテレビから打診された資金調達案に賛成する意思を決定し、それに伴い過半数の株主の地位を維持できなくなるのもやむを得ないと判断した。そして、その判断に当たり、新社屋の建設がニッポン放送の利便に資すること、衛星放送やケーブルテレビなどの新しいメディアを迎える放送業界の変化と熾烈な競争に耐え、フジテレビが映像メディアの主導的地位を維持することがニッポン放送にとっても有意義であること、平成六年二月に「新時代における放送産業の在り方に関する懇談会」による放送事業者が自由に株式上場をすることが必要との提言を受けて、マルチメディア時代を迎えて公共放送の担い手として財務体質の強化が求められていることが考慮された。
(一) 新社屋の建設の費用として一九〇〇億円程度の資金需要が見込まれ、フジテレビの経営状態を害することなく資金需要に対応するためには、借入れの方法は採りがたく、また、増資の方法についても、既存の株主のみでは株主割当に応じうる資力に欠けるため、フジテレビの株券の上場により資本市場から資金調達する必要がある。
(二) フジテレビの株券の上場による方法を適切に果たすために、すでに多額の資金需要が発生している事態に対処し、平成九年の上場時期までの間に銀行から借入金の金利負担を軽減するために、増資が必要である。
(三) フジテレビの株券の上場に係る東証による審査基準を達成するためには、その上場審査基準及び慣行からすると、フジテレビが資本的関係会社に当たるグループ本社を事前に吸収合併しておくことが相当であるが、株主の意向により合併前後でフジテレビの株主間の持株比率に変動を生じさせないで合併を行うためにグループ本社の第三者割当増資が必要である。
また、右審査基準を達成するためには、上場時までに少数特定者持株比率を低下させる必要があるため、フジテレビの上場前に第三者割当増資が必要である。
(四) 既存の株主が現在の持株比率に応じて同じ割合で持株比率を下げる結果ニッポン放送の持株比率が過半数を下回ることについては、上場後のニッポン放送の持株比率が34.2パーセントとなることが見込まれ、依然フジテレビの三分の一以上株式を有する筆頭株主の地位を確保できるから、ニッポン放送の有するフジテレビの株式の価値が多く損なわれることはない。
8 ニッポン放送は、平成六年一二月二一日、被告小林が議長となって取締役会を開催して、①平成七年一月一二日開催のフジテレビの臨時株主総会においてフジテレビの第三者割当増資(発行株式数五五〇〇株、発行価額一株二六五万円)及びグループ本社との合併契約(合併比率はフジテレビを一として、一対0.129)に賛成の議決権を行使する件、②同日開催のグループ本社臨時株主総会において、グループ本社の第三者割当増資(新株発行数一万六三三三株、発行価額一株三四万二三〇〇円)及びフジテレビとの合併契約に賛成の議決権を行使する件につき、被告らを含む取締役全員の賛成により承認可決した。
なお、平成六年一二月二七日に開催されたフジテレビの取締役会において、第三者割当増資の趣旨として新社屋の建設費用及び放送機器導入の資金需要に対応する目的と並んで、従業員の福祉と取締役の経営責任の自覚を促すことが掲げられ、前記のとおり従業員持株会及び取締役に合計一一〇〇株を割り当てることが決議された際には未だ取締役の具体的割当先は定まっていなかったが、翌七年一月ころ被告ら取締役を含む全役員に各二〇株が割り当てられることが明らかにされた。
9 フジテレビは、平成七年一二月、ニッポン放送に対し、資金需要に対応するとともに、上場の準備の一環として、①平成八年三月に第三者割当増資(発行株数二五〇〇株、割当先金融機関、発行価格は公開価格算定方式による四〇〇万円)をすること、②平成九年三月期に一対1.75の割合による株式分割をすること、③平成九年三月期に額面を五万円から五〇〇〇円に変更し、株式の譲渡制限を撤廃すること、④平成九年八月の上場時に二〇万株を発行価格二五万円で一般公募することを内容とする資本政策案の承認を申し入れた。
そこで、ニッポン放送は、弁護士中村直人、同古曳正夫及び同澤口実の意見を徴したところ、平成七年一二月七日付けで、右申入れに賛同することについて、ニッポン放送及び同社の役員として商法上の問題はない旨の意見書の提出を受けた。ニッポン放送は、同月二〇日、被告小林が議長となって取締役会を開催して、前記7(一)(二)(四)と同様の判断に基づき、平成八年一月二五日開催のフジテレビの臨時株主総会において、同社の第三者割当増資(発行株式数二五〇〇株、発行価額一株三九七万円)に賛成の議決権を行使する件につき、被告らを含む出席者全員の賛成により承認可決した。
10 フジテレビは、平成九年八月、東京証券取引所第一部に上場し、公募価格五五万円で公募による新株発行を行い、一一七六億円の資金を調達した。ニッポン放送は、フジテレビの上場により、同社の株式にかかる約二〇〇〇億円の含み資産を取得した。
二 次に、原告の主張について判断する。まず、原告は、結合企業における親会社においては特段の事情のない限り過半数株主の地位を維持すべき法的義務があると主張する。
株式の所有による企業の結合は、市場の拡大と競争の活性化、資金調達の機動性・弾力性の確保、業務の多角化の推進、グループ内の効率的な経営資源の配分、一企業のスリム化によるコストの削減、リスクの遮断等の目的の下に図られるものである。企業の結合は、支配従属関係にある双方の会社にとって、全体の利益信用の増大をもたらすものであり、一方、子会社又は従属的地位にある会社にとっても、原料の調達、製品の販売、役務の提供、工業所有権の実施権の許諾等の面において利便を享受することが可能となるなどの利益がある。しかし、何よりも、親会社又は支配的地位にある会社にとって、子会社又は従属的地位にある会社に対する包括的かつ継続的な支配関係によって子会社等の取締役の選任・解任の権限を行使し、あるいは役員を派遣して子会社等の事業の運営に影響力を行使し、もって自己の利益を確保し、さらには取引において優越的な立場を利用して有利な取引条件を得ることができるなど、その利益が大きいことは否定できない。
一方、支配従属関係の解消又は希釈化は、親会社等にとって、前記のような企業結合の目的がすでに果たされた場合、あるいは、子会社等の経済事情が悪化した場合、子会社に不祥事が発生した場合、親会社において資金需要がある場合などにおいて、投下資本を回収するために行われうるものであり、子会社等にとっては、より独立性の確保を要すると判断される場合などに行われうるものである。企業の結合又はその解消若しくは希釈化は、その目的、企業の結合の生成過程、結合企業間の関係及び株式保有の分散状態、結合企業の経済状況、結合企業を取り巻く社会経済事情等によって決せられるものであり、本件におけるように子会社に資金需要が生じた場合において、子会社が資金調達のため株券の上場を図るに当たっては、あわせて、親会社における資金調達力、子会社における他株主の意向、資本市場の動向等も考慮されなければならない。その判断はきわめて高度な経営判断ということができる。
確かに、株式の過半数を有するか否かは子会社に対する影響力の点で違いはあるものの、包括的かつ継続的な支配的関係を確保するためには、株式保有の分散状態等によっては、必ずしも過半数を維持する必要もなく、過半数株主の地位の維持が一般的に絶対的な要請であるとまでいえず、親会社若しくは支配的地位にある会社又はその取締役において支配株を固定的に維持すべき一般的義務があるわけではない。
三 ところで、取締役は、会社から委任を受けた者として、善良なる管理者の注意をもって事務を処理すべきであるとともに(商法二五四条三項)、会社及び全株主の信任に応えるべく会社及び全株主にとって最も有利となるように業務の遂行に当たるべきであり(同法二五四条ノ三)、もちろん法令、定款及び総会の決議を遵守しなければならない(同条)。一方、取締役による経営判断は、当該資本政策等の方法、相手方、その交渉等の時期・方法等はもとより、当該会社の事情、当該業界の状況、我が国のみならず国際的な社会、経済、文化の状況等の諸事情に応じて流動的であり、しかも複雑多様な諸要素を勘案してされる専門的かつ総合的な判断であり、一方、委任者たる会社又は株主においては、当該取締役に会社の経営を委ねたからには、その経営判断の専門性及び総合性に照らして、基本的にその判断を尊重し、もって経営を遂行する上においてその判断を萎縮から解き放って経営に専念させるべきであるということができるから、取締役による経営判断は、自ずから広い範囲に裁量が及ぶというべきである。
したがって、取締役に善管注意義務又は忠実義務の懈怠があるか否かの判断に当たっては、取締役によって当該行為がされた当時における会社の状況及び会社を取り巻く社会・経済・文化の情勢の下において、当該会社の属する業界における通常の経営者の有すべき知見及び経験を基準として、当該行為をするにつき、その目的に社会的な非難可能性がないか否か、その前提としての事実調査に遺漏がなかったか否か、調査された事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなかったか否か、その事実に基づく行為の選択決定に不合理がなかったか否かなどの観点から、当該行為をすることが著しく不当とはいえないと評価されるときは、取締役の当該行為に係る経営判断は、裁量の範囲を逸脱するものではなく、善管注意義務又は忠実義務の懈怠がないというべきである。
1 そこで、被告らがフジテレビによる株券の上場に当たり取った対応について、経営上の裁量権を逸脱したものか否かについて検討する。
被告らが、フジテレビから提案があった資本策定案を了承し、その結果としてニッポン放送のフジテレビにおける持株比率の低下をもたらすことを容認したことは前認定のとおりである。ところで、フジテレビの資金需要の目的は、前記認定事実によれば、新社屋の建設の資金を賄うことであり、新社屋はフジテレビのみならずニッポン放送の利用も見込まれ、しかも建設工事はすでに相当程度進捗し、八七四億円の資金が投下されているのであり、これらの事実等からすると、その目的は、正当であって社会的に非難されるものはないということができる。そして、これを満たしうる方法としては、フジテレビの株券の上場による方法が最も適当であるということができる。なぜならば、前記認定事実によれば、資金需要として一九〇〇億円に及ぶことが見込まれ、銀行からの借入れの方法によっては、フジテレビの業績からみてその金利の負担に到底耐えうるものではなく、増資による方法についても、ニッポン放送を含むフジサンケイグループの基幹的既存株主において巨額の増資に応じうる者を見出すことは難しい状況にあったということができるからである。次に、フジテレビの株券上場による方法を適切に果たすためには、フジテレビにおける第三者割当増資及びフジテレビとグループ本社の合併が必要であり、また、グループ本社との合併のためにはグループ本社の第三者割当増資が必要であると判断したことについても、不合理なところはない。なぜならば、フジテレビの第一回及び第二回の増資に係る第三者割当増資については、フジテレビの株券の上場の手続に相当の期間を要すること、すでに多額の資金需要が発生していること、銀行から借入金の金利負担を軽減することが有益であること、東証の上場審査基準を達成するため上場前にニッポン放送を含む少数特定者の持株比率を低下させる必要があること等の前記認定の事情からすると、財務体質の改善を図るために早期に増資により資金を調達することは相当ということができ、グループ本社との合併及びグループ本社の第三者割当増資については、前記のような関係会社としてのグループ本社の事業目的、経営状態、グループ本社とフジテレビの関係等を前提として、東証の上場審査基準及び慣行からすると、合併の方法の選択に非難すべきものはなく、フジテレビの株主の構成、株主の意向、株主間の調整等の前記認定事実によれば、合併前後で株主間の持株比率に変動を生じさせないで合併を行い上場審査基準を達成するために必要であるということができ、これらの割当先の選択、発行価額にも格別不適正なところは見当たらない。
2 しかも、前記認定事実によれば、被告らは、フジテレビの株券の上場並びにそのための第三者割当増資、フジテレビとグループ本社との合併及びグループ本社の第三者割当増資に係る意思決定に当たり、専任の取締役を置いて各種調査あるいはフジテレビの担当者との情報の交換等をさせ、監査法人や弁護士の意見を徴し、証券会社や不動産鑑定会社を通じてフジテレビの上場等についての状況の把握に努めたということができ、被告らの本件経営判断の前提としての事実調査に遺漏があったとか、事実の認識に重要かつ不注意な誤りがあったとはいいがたい。
3 フジテレビにおける第三者割当増資等の一連の措置によって、ニッポン放送は過半数株主の地位を喪失することになることは原告の主張するとおりであるが、前認定のとおり、その持株比率は、当時、フジテレビの上場後においても34.2パーセントになることが見込まれ、ニッポン放送が依然フジテレビの筆頭株主としての地位を確保し、三分の一以上の株式を有する株主として単独で株主総会の特別決議の成立を阻止することができ、さらに、既存株主の保有率や相互の関係からすると、フジテレビに対し、相当程度の支配的影響力を行使しうる立場にあると考えられる。また、親会社又は支配的地位にある会社においては、企業の結合によって最もその利益を享受し、しかも支配的地位にある以上、自らの受ける利益のみならず結合企業全体の利益を確保することに配慮する必要があるというべきであり、さらに、ニッポン放送とフジテレビは、互いにメディアを担う者として相乗的な部分を有するものの、ニッポン放送とフジテレビの従来からの関係等からすると、必ずしも資本の上における支配を固定しなければならないと考える必要がないとみる余地もあり、放送業界における相互補完的な立場を維持しうる一定の支配を確保すれば足りるとすることも正当な経営判断の範疇の外にあるものとして直ちに否定するには至らない。
4 以上のとおり、被告らの本件意思決定に係る経営判断は、著しく不当とはいえないと評価され、裁量の範囲を逸脱するものではないということができ、したがって被告らに善管注意義務又は忠実義務の懈怠はないというべきである。
四1 原告は、被告らが、フジテレビにおいて新社屋の建設の費用として一九〇〇億円以上を要することを前提として、上場について検討するなどしたことを非難する。
フジテレビにおいて新社屋の建設に一九〇〇億円を要するとして資金調達の作業が進められていたことは前認定のとおりであるが、そのうち放送設備等の費用として五五七億円が計上されていることについては、書証として僅かに平成八年八月八日付けのフジサンケイビル建設事務局作成に係る書面があるにとどまる。しかしながら、その資金需要について、前記認定事実によれば、すでに契約が交わされていたものとして、設計監理報酬三五億円、土地賃貸借契約に係る権利金二二四億八一一九万七三二一円、建設工事請負代金一〇八九億円があり、グループ本社においても、平成五年一月二〇日の時点で、資金需要を最高一五〇〇億円と見込んでいたこと等の事実に照らせば、右の資金需要額は必ずしも不当とはいえず、そのほか右の見込額の設定に格別不自然とする事情も窺えない。
2 原告は、被告らの経営判断が、自己の利益を図るためにされたものであると主張する。
確かに、被告らが第一回の第三者割当増資の際に二〇株ずつ割当を受けたことは前認定のとおりであるが、この割当は、前認定のとおり、フジテレビの役員全員を対象として、経営責任を明確にする趣旨でされたものであり、しかも被告らが取締役会において決議したときは未だ割当のされる取締役は明らかにされていなかったのであり、そのほか、被告らが、株式の割当を受けることをもって自己の利益を図るためにフジテレビの第三者割当増資に賛成したと認めるに足りる証拠はない。
3 原告は、フジテレビによる株式の上場がニッポン放送からの支配を脱却することを正当化する目的でなされたものであると主張する。
新社屋の建設の企画が、当初グループ本社において進められていたこと、平成四年七月にグループの体制が変更されたこと、それに伴い設けられた水曜会においてフジテレビの資金調達について話し合われたこと、さらには木下小委員会においてニッポン放送の株式保有率の低下が議題として取り上げたことがあったことは前認定のとおりである。一方、前記認定事実によれば、グループ本社は平成六年一二月ころにおいてもなお不動産の鑑定をし、フジテレビにおいてもそのころなおグループ本社が新社屋を建設するものとして証券会社に相談をしているのであり、一方、フジテレビにおいて自らの放送施設の拠点としての新社屋の建設の進捗に無関心であり得ないことは見易いところであり、グループ本社の設立の経緯からみても同社とフジテレビとの関係は緊密であることからすると、フジテレビにおいて独自に資金調達の検討を進めることは何ら不自然ではなく、両社において検討する過程において、証券会社から、グループ本社が新社屋を建設してフジテレビが資金を負担することが不合理であること及び両社が合併することが合理的であるとする意見を示されたことによって、新社屋の建設の実行主体が変更になることも異とするに足らず、さらには水曜会が情報及び意見の交換を行うための会合で法的機関ではないことはおいても、水曜会あるいは木下小委員会においてフジテレビの資金調達等について話し合われたのは平成五年のことであり、しかも、木下小委員会においてはニッポン放送の株式保有率の低下を取り上げること自体に明確に消極の意見が示されたのであり、したがってこれらの話し合いとその後の検討との間に直接の結びつきを見出すことは難いといわなければならない。そのほか、フジテレビの株券上場の過程に格別不自然な事情を窺うことはできない。
4 なお、原告は、ニッポン放送がその営業報告書において重要な子会社等の状況の欄にフジテレビを記載しなかったことをもって違法というが、本件における争点と直接に結びつかず、被告らの行為の態様も明らかにしないから、失当である。
五 そのほか、原告は、フジテレビが株券を上場するに当たり、ニッポン放送が過半数株主の地位を維持する方法を採り得たと主張する。
前記のとおり、親会社が支配株主としての地位を維持するか否かに係る経営判断は広範なものであるから、他に選択肢が存在することをもって、実際に選ばれた意思決定が直ちに違法・不当と評価されるものではない。しかし、進んで、原告の主張する方法について検討すると、①その方法の前提として主張する増資等による調達額は独自に仮定するものにすぎず、その実現性には疑問があり、②仮にニッポン放送における資金調達が原告の主張するとおりであったとしても、前認定のとおり、ニッポン放送は自社の社屋の建て直しを検討中であり、それを賄うために相当な資金需要が生じると予想されるにもかかわらず、その点が考慮されていない難点があり、②前記認定事実によれば、フジテレビの株券の上場に当たり、文化放送を含む他の株主の動向からすると、持株比率を変動させること、ひいてはニッポン放送のみが持株比率を維持することは困難であり、翻って原告主張の方法によって他の株主も一律に遇することになれば、他の株主に相当額の資金負担を強いることになり、容易には受け入れられがたいことは見易いところであり、さらに、④ニッポン放送の子会社を利用して特定少数株主の持株比率を実質的には維持する方法が、証券取引所の審査基準に照らして許容されるか疑義がある。仮にこれらの障碍を超えることが可能であったとしても、グループ会社相互間の関係等前記の事情の下において、原告の主張する方法が、被告らの採用した方法より、ニッポン放送にとって明らかに有利であると断定することはできない。
したがって、原告の右主張は、採用の限りでない。
六 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官門口正人 裁判官中山顕裕 裁判官唐木浩之)